あんたは私の何を知る?

反逆と多趣味のDiaries

君たちはどう生きるか

お久しぶりです。中の人①べりべりもなもなです。

更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。

 

さて、ここ最近芸能界をTOKIO山口達也氏の強制わいせつ容疑で書類送検後、不起訴になったニュースが騒がせていますね。

 

このことについて書きたいと思います。

 

この一連の事件に関して、彼は会見の後、TOKIOを辞めると辞表を提出したらしいですね。しかし、メンバーも言っていた通り、辞表を提出する前に彼はやらなければいけないことがもっとあるはずです。

事件に対する反省今後の自分について深く考える

これが彼がしなければいけないことだと私は考えます。

 

①よく「後悔じゃなくて反省をしろ」という言葉を自分の事など何も知らない馬鹿者共が口にしますよね。でも人間は必ず後悔をしてしまうと思うのです。それがしょうがないことだとも思います。後悔したって良いんです。残念ながら現代の科学では過去に戻る事は難しい。後悔をして自分の心の中にある肝心なものに気付くことができれば万々歳だと私は思います。後悔の後で自分の心の中に肝心なものを染み取らせることができれば、その後の生活が前よりもずっとしっかりとした深みのあるものになるはずです。

この「心の中に肝心なものを染み取らせる」この行為を達成するために色々と考えることを反省と呼ぶのだと思います。

 

山口氏はこれが足りないのではないかと思うのです。彼も立派な一人の人間なので後悔はしているはずです。その後に、自分の心の中に肝心なものを染み取らせるための反省が欠落しているのではないでしょうか。辞表を叩きつけて責任を取ろうとしている。しかし自分の中に肝心なものを残さなければ、被害者に対しても残されたメンバーに対しても、そして自分に対しても、本当に責任を取ったと言えないのではないでしょうか。

 

 

別に彼だけに言える事ではなく、これは私たち人間全員に共通していえることです。

人生とは後悔と反省の連続で自分の中に肝心なものをどれだけ残せるか。

これが人間の生き方なのです。

 

君たちはどう生きるか

 

 

 

けやき坂46で『沈黙した恋人よ』

道端に小銭が落ちていたと思って拾おうとしらそれがお金じゃなかったとき、しゃがんで靴紐を結び直すフリすることありますよね。ああ、恥ずかしい。。。

 

どうもこんにちは。ブルーベリーともなか大好き「べりべりもなもな」です♫

今日はけやき坂46のりまちゃんちっくというユニットが歌っている『沈黙した恋人よ』のパート割を載せたいと思います。

 

加藤)岬の灯台 海原見下ろしながら 
    眩しい日差しに時折 瞳細める 
京子)中古のバイクで どれだけ走ってきただろう 
高本)汗ばむTシャツ 太陽を吸い込んだ 
久美)また夏がやってくる前に 
)僕らが変わったこと ふと気付かされる 
(全員)この沈黙 
    君が指差す窓を 僕は見つけられない 
加藤久美)同じ青空をみているのに 
京子)鳥はどこへいった 
(全員)君が大事なものを僕は見過ごしている 
高本)そばにいることが当たり前で 
(全員)そう愛し方を忘れてしまった 

久美)いつもの国道いくつのカーブ曲がれば 
   重なる身体はバランス取り戻すかな? 
高本)風切るバイクのエンジンの振動が好きだって 
)語ってた君の 口数が減ったよね 
加藤)この夏が去ってゆくころに 
京子)僕らは見つめ合って 答えを出すんだ 
(全員)そう さよなら 
    君は話そうとした僕もはなそうとした 
久美)だけどお互いを思いすぎて 何も言えなかった 
(全員)もっと素直になれば きっと答えにできた 
加藤京子)人は変わってくとわかってても 
      あの頃の自分に縛られてたんだ 
(全員)沈黙しはじめた どこかの恋人たちよ 
    大人にできない その胸に耳を傾け 
加藤)トンネルに入る前に 
京子)風の中で  
高本)ほんとうのこと 
久美)君と僕は 
)何を伝える 

(全員)君が指差すものを僕は見つけられない 
加藤京子)同じ青空をみているのに 鳥はどこへいった 
(全員)君が大事なものを 僕は見過ごしている 
高本)そばにいることが当たり前で 
それがだめだ  
(全員)どんなときも愛を感じよう 
   話さなきゃわからないんだ 
   黙ってちゃ夏は終わるよ

 

間違えている箇所もあるとは思いますが参考までに、ご容赦ください。

あっ、ども。はじめまして。

皆さん、はじめまして。

今日初めて書きます。

中の人④「かいくぅ~ん」です。

 

好きな食べ物は氷

好きな飲み物は水

好きな時間は今

座右の銘は、「黒い白馬にまたがって、前へ前へとバックした」

 

 

とうわけで、改めましてかいくぅ~んです。

 

 

今回は、ちょこっと自分自身について書こうかなと思ってます。

 

まず、私の座右の銘について。

そもそも、”黒い白馬にまたがって、前へ前へとバックした”とはどういった意味なのでしょうか。

 

 

 

ん?

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

黒い白馬?前へ前へバック?

 

 

逆じゃね?

 

 

 

と、思った方が多いでしょう。

 

 

そうなんです。逆なんです。

ようは、矛盾してるんです。言葉としてはおかしいですよね(笑)

 

 

 

しかし、世の中矛盾ばかりなんです。

そんな世界で私たちは生きているんです。生きていかなければいけないんです。

 

 

 

そうだとしたら、私たちが生きている「現在(いま)」って、とても大切なものだと思いませんか?

 

 

 

 

だからこそ、私の好きな時間は今なんです。

 

 

 

過去は過去。変えることができない事実。

未来は未来。期待することもできれば、不安になることもある。

現在は現在。辛い、悲しい、そういう感情を持っている人もいれば、楽しい、嬉しいといった感情を持っている人もいる。

 

 

 

 

 

”いま”というこの時間を本気で生きる。貫く。

 

 

 

 

私はこれを胸に今もこのブログを書いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いかかでしたでしょうか。

 

 

 

少しは私のことを知っていただけたでしょうか。

 

 

 

こんな感じでちょいちょいブログ更新していきたいと思っています(笑)

 

 

 

 

では、では、本日はここでおさらばということで

 

以上、中の人④のかいくぅ~んでした!!

 

人生とは

やあみんな。んこすぎである。

 

僕が大好きなある歌の中に、

「人生とは転ぶもの 膝小僧は擦りむくものなんだ」

という一節がある。

人生とは転ぶもの、

膝小僧は擦りむくもの。

 

そうなのである。人生とは転ぶものだ。転んでナンボである。

僕は、そこから何度でも起き上がってみせよう。

 

ちなみに、ウンコも漏らすものである。こればかりは立ち直れない。

 

 

んこすぎ

呪われた便器

どうも、ti-kiです

今回はこの前の呪われた家族の続きの記事を書きたいと思います。

ポンハンドで戦ったあと、僕たちはホテルに向かいました。ホテルに着き、部屋割の発表がされると、なんとあの黒川かいた君と同じ部屋でした。それはともかく、僕たちが部屋に入って休んでいると、黒川君が「うんこをしたい」と言い出しました。そして、部屋に備え付けられているトイレに入ろうとしたら、なんとドアに鍵がかかっていて入れませんでした。仕方なく僕たちは、持っていた10円玉でドアのかぎを開け、ウンコをしました。そのような現象がその日の夜だけで何度かありました。そんなことがあって、次の日の朝、事件が起こりました。。。

朝、僕たちは少し寝坊して、急いで朝食に向かいました。何とか間に合って、飯を食っていると、次はウンコがしたくなりました。仕方ないので、飯を食うのをやめ、黒川君に鍵をもらって、先に部屋に戻りました。そして、トイレに入ろうとすると昨日の夜と同じ現象に陥ってしまっていました。そう、トイレがあかないのです。仕方ないから、開けようかと思い10円玉を取り出したところで、異変に気付きました。それは、トイレからウンコの匂いがしていたのです。誰も入れないはずなのに、何者かがうんこをしていると思うと怖くなり、開けるのをためらっていました。すると、黒川君も帰ってきて、彼も異変に気付き、二人でどうするか悩んでいました。すると、トイレから「ジャー」とトイレの水が流れる音がしました。しかし、だれも中から出てきません。余計に恐ろしくなりましたが、本当に自分が漏れそうになったので、僕は仕方なくドアを開けました。すると、中には人はいませんでした。なんだ、考えすぎかと思っていたら、とんでもないものに気付いてしまいました。なんと、トイレの便器の中にウンコの残りカスが残っていました。そう、まるで何者かがついさっき流して流しきれなかったウンコが残ってるかのように、、、

限界とは

どうもtikiです。

最近私は、限界というものについて考えさせられることがよくあります。その時に私が思った限界について今回は書かせてもらおうと思います。

先日、私は渋谷を歩いていました。ちょうど宮益坂を下っていると前からポーツウェアをきた集団がやってきました。珍しい人たちだなと思いました。しかし、近づくにつれて、どこかみたことのある人達だなと思いました。そう、なんとそいつらはひらがな海賊団のメンバーでした。聞いたところいまから10キロほど歩いて秋葉原のフジヤマドラゴンカレーを食いにいくところだったそうです。一緒に行くかと私は聞かれました。その時私は、全身黒の服で下は長ズボンでした。行くか悩みましたが、予定もありませんでしたし、仲間が行くのならということで、私も向かうことにしました。そういったことで秋葉原の方へ歩いていると、一つ目の限界が来ました。真っ黒の服と長ズボンです。炎天下の中この格好には限界がきてしまったのです。しかし、この限界は難なく乗り越えることができました。解決方法はとても簡単でした、そう、途中でスポーツウェアを購入し、それを着たのです。そのまま私たちは10キロを歩いていきました。しかし、またしても歩いてる途中に限界にぶつかりました。それは、のどの渇きです。われわれは当初、フジヤマドラゴンカレーに行き、2.5キロのカレーを食う予定でしたので、腹を空かせる必要がありました。そのため、水を飲むことはタブーでした。この二個目の限界はなかなかきつかったです。しかし、仲間同士で切磋琢磨し、くだらない話をしながらのどの渇きをごまかしました。そして、ついに秋葉原につき、フジヤマドラゴンカレーにありつくことができました。我々は4人で二人前、つまり5キロを食うことにしました。そしてわっれわれは三つ目の限界とぶつかることになったのです。満腹です。驚くことにこれは、二つ目の限界よりもきついものでした。しかし、これも仲間で支えながら乗り切り、サービスの特大寒天も二個食しました。そこで、解散とする予定だったのですが。我々はとんでもないことに気づきました。我々は12時あたりから歩いていたのですが、食べ終わったころには夕方になろうとしていたのです。そう、つまり私たちは昼食としてフジヤマドラゴンカレーを食べたのですが、まだ夕食を食べていなかったのです。そして、我々は急遽かっぱ祭りに行くことにしました。ここで一人は用事があったので三人行きました。そこから私たちは2キロほどむかっていったのですが、とっくに限界を迎えていました。満腹+歩く疲労+今から食べるという絶望+満腹からの睡魔。そんな中我々は、こち亀のテーマソングを歌いながら辛くなったら互いに励まし、少しづつではあったがかっぱ祭りへ向かいました。そして、かっぱ祭りにたどりつくことができました。もちろん我々は妥協をすることを知らないのでバケツと呼ばれる一番店で量の多いものを注文しました。そして、バケツを鉄板に広げてもんじゃを作っていきました。鉄板はもんじゃにつつまれて見えなくなりました。そして、我々はそれを食べていきました。みなが限界まで食べていった結果、衝撃的なことが起こりました。なんと、みんな一生懸命食べたのに100分の一ほどしか減っていなかったのです。これにはみなお手上げで、30分間ほどみな食べることができませんでした。そんな中、わたしはこんな気持ちになっていました。私は、フジヤマドラゴンカレーを食べようとしたとき、意気揚々と先陣をきって食べたのですが、急に参戦が決まったのもあって他のメンバーよりも食べれず、仲間に助けてもらいました。そこで私は一つの決断をしました。かっぱ祭りの周りを走って腹を空かせようとしたのです。私は、「走ってくる」という一言を残し、全力で外を走りました。10分ほど走っていると急に気持ち悪くなるし、足も限界を迎えて走るのをやめようかなと思いました。しかし、仲間が待っていると思い、走り続けました。すると、急に咳がでそうになって走りながら咳をしたら、なんと先ほどのカレーが出てきました。そう、走りながら吐いたのです。よく、満腹の時に吐きそうというひとがいますが、本当に吐いたのです。その時私は本当に満腹で吐いたことないくせに吐きそうというなバカたれがと思いました。それはさておき、そのあとかっぱ祭りに戻り、なんとかすべて食べきることができました。その後、完全に限界えお越えた私たちは秋葉原まで歩いて帰りました。

この話を通してなにがいいたかったかというと、限界というのは一人じゃのり越えられなくても、本当の仲間がいれば乗り越えるというものです。仲間がいなければ吐くまで食べませんし、歩くために服を買いませんし、そもそも歩かず帰ってました。だから、仲間は限界突破には必要不可欠なものだと思います。しかし、この仲間というのはただの友達ではだめだとも思います。今回の話のように本当に辛い時でも絶対投げ出さない仲間。それが本当の仲間だと思います。これから私も含め皆さんも色々な限界にぶつかると思います。そういったときに、自分を強くし、限界を超えさせてくれるのは仲間です。ぜひ、皆さんも本当の仲間を見つけてみてください。